ドッグフードを食べない理由

わたしが中学三年生で、もこが七歳のころのお話。何事もなく繁殖期が過ぎ、結局妊娠することのなかったわが家のわがまま娘、もこ。その時期を過ぎると子宮を摘出しなければならないとの話は聞いていたのですが、なにぶんわが家にそこまでのお金がなかったのと、親の仕事が忙しくていきつけの病院に連れて行く時間がないとのことで、特に摘出に関しては考えていませんでした。
そんなある日のこと。もう生理は来ないはずのもこの下腹部に、血がついているのを確認しました。まだ終わっていなかったのだろうかと不思議に思いつつも、いつも通りオムツを履かせて過ごさせていました。しかし、数週間経っても血が治まる気配はありませんでした。それどころか下腹部が膨れはじめ、水をいつもよりも大量に欲するようになりました。さすがにこれはおかしいのではないかということになり、父が仕事を休んでもこをいきつけの動物病院へ。その間、母は仕事で私たち姉妹は学校へ行っていました。その日はいつも通り帰宅すると、父の姿はあるのにもこの姿がありませんでした。嫌な予感はしていましたが、全員そろってから話をすると父から告げられ、もやもやしつつ全員がそろうのを待ちました。数時間後に全員がそろった時に、父の口から告げられた衝撃的な一言は今でも覚えています。「もこは、もしかしたらそろそろ死んでしまうかもしれない」、と。
その後も父の話を、頭がごちゃごちゃになりながらも一生懸命聞きました。病院に連れて行くのが遅すぎた。手術は必須だが、施術後の生存確率は50%くらい。これからはしばらく入院させなければならない、など…。しかし、幼い私ができることは、ただひたすらもこの無事を祈ることしかできませんでした。幾日も幾日も無事を祈り、時には急に悲しい気持ちになって泣いてしまうこともありました。ドッグフード 食べないようになってしまい、もうどうしようもない状態。
それから数週間後。病院から電話がきました。電話が終わった父の口から出たひと言が、「明後日には元気になって家に帰れるそうだよ」。その言葉を聞いた私たちはうれし泣き。三日後に病院に迎えにいったもこは、元気な姿でしっぽをふりふり。とても安心した記憶があります。
しかし、未だに下腹部にはそのときの手術痕が今も痛々しく残っています。でもそれは、もこが生き延びたという証なのだろうと考えています。

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